君が進む行先は・・・

向井康二と西村拓哉を中心に、幅広いジャニヲタやってます

向井康二におちたわけ。

o初めまして。

このページに来ていただきありがとうございます。

 

はてブロを始めたいと思いながら、早数年・・・

やっと、始める決意をいたしました!!

 

軽い自己紹介を兼ねて、タイトルにもある、

向井康二におちたわけ」を語っていこうと思います。

 

 

 

私のジャニオタとしての入り口は 嵐。

まあ、世間の波に乗っかって。

いや、波に乗りすぎたのか。

京セラドーム、ヤフオクドーム、名古屋ドーム、東京ドーム。

さらには、国立競技場まで。

札幌にはまだ上陸していないが、アラシックとしてはもう十分というほど制覇した。

 

そんな頃、ある話が耳に入ってくる。

二宮和也に憧れている関西Jrがいるらしいよ。」

聞いた印象は「へ~、そんな子がいるんだね~」

ただそれだけ。

後から分かったことは、それが西畑大吾だったということ(笑)

 

そこから、その 「二宮和也に憧れている奴」を探すため、まいジャニを見始めた。

これが向井康二を初めて見た瞬間。

その向井康二の第一印象は、

 

(ん~、この人のファンにはならんな。)

 

めーーっちゃ失礼!!!!

康二くんごめんなさい、あの頃の私はどうかしてました。

 

そう 何気なく見ていたまいジャニのはずが、だんだん面白くなってきて。

いつのまにか、KinKanのあの3人が好きになっていた。

ボケていちばん年上なくせに甘えん坊の康二くん、

アホなくせして躍らせて歌わせると目を引く紫耀くん、

2人のアホに振り回されるのがお得意の柊真くん。

この3人が醸し出すゆるーい空気感が何よりも大好きだった。

 

こうして関西の沼にハマることに時間はかからなかった。

その私にぶち当たった問題が。

それははじめて、松竹座に行けることになったとき。

妹に「姉ちゃん、誰のうちわ持つん?」と言われた。

そう、誰のうちわを持つか問題。

 

悩んでいたある日、ある記事が目に留まった。

いつものようにドル誌を読んでいたら Jrのページが。

たくさんのJrの顔写真とコメントがずらりと並んでいるページ。

たくさんのJrがファンに向けて、

「頑張ります!」「応援してください!」と書いてある中、

ひとりだけ、「幸せにするから、ついてきてほしい。」と書いていた。(ニュアンスね)

誰だこれ、、って名前観たら 向井康二だった。

これ見た瞬間に思ったの、

あ~この人のファンは幸せだろうなって。

この人のファンになったら楽しいだろうなって。

ファンにこう言ってくれる人いるんだ、と思った。しかもJrで。

この人を応援したら幸せになれそうという直感、女の勘が働いた。

 

たくさん関西Jrを勉強して、はじめての松竹座は関西Jrを知ってから

半年が経とうとしていた。

はじめての松竹座は2階1列目という神席。

嵐のドーム育ちだった私は、開いた口が塞がらなかった。

え、1階の人ハイタッチしてるし・・・

 

この約1週間後、2回目の松竹座。

座席は 1階 13列目 5番。いわゆる花道、花ブロ。

 

ここで事件は起こった。

アンコール、バンバンッ!で前から康二くんが歩いてきた。

そしてついに、うちわに気づいてくれた。

目の前、距離にして30~40cm。

頭が真っ白になった、その次の瞬間だった。

バンバンッの振りが止まってしまった 私の右手にリズムに合わせて

ハイタッチをしてくれた。

そのまま、恋人つなぎでぎゅーっと握って 王子様のように微笑んだ。

実際、あの瞬間の記憶はない。

手が大きかったな、顔めっちゃ小さかったな。覚えているのはこんなこと。

 

そう、あの記事を見てから数か月。

本当に彼は1人のファンを幸せにしてくれた。

有言実行だと思った。

 

この一連の出来事が、私が向井康二に堕ちたわけ。

文字にしてみるといかに単純化がわかる・・・

 

向井康二を応援したことで、

大切な友人がたくさんできた。

人の夢を応援することができた。

自分の世界も広がった。

いいことがたくさん起きている、現在も。

 

 

わたしがはじめて康二くんを見た頃から、ずいぶんと時が経った。

楽しかったこと、うれしかったこと、悔しかったこと、悲しかったこと。

いろいろあったけど、まだまだ康二くんは前へ進もうとしている。

 

君が進む行く行先は・・・

どうか明るい未来でありますように。